心頭滅却すれば火もまた涼し
この話が寄り添う心: 喪失・無常

心頭滅却すれば火もまた涼し
「心頭滅却すれば火もまた涼し」。
これは、戦国時代の僧侶・快川(かいせん)が残した言葉です。
快川は武田信玄に仕えていました。
武田氏が織田信長によって滅ぼされると、快川は信長に敵対していた武将らを寺にかくまいます。
このため快川の寺は信長の軍勢に攻め込まれ、焼き討ちされてしまいます。
燃えさかる火炎のなか、快川は座禅をくみ、
「ほんとうの座禅というのは、こうやるのだ。心頭滅却すれば火もまた涼しい」
と、唐の詩人・杜荀鶴(とじゅんかく)の漢詩を朗々とうたいあげたといいます。
安禅(あんぜん)必ずしも山水を須(もち)いず
心頭を滅得すれば火も自ら涼し
そして快川は焼け死んでいったのでした。
(参考:Wikipedia)
人生、もうこれはどうにもならないんじゃないか、と思うような困難にぶつかることがあります。
愛する人との別れ。
突然の病気、あるいは事故。
信じていた人から裏切られたり、 大切にしていた家や財産を失ったり……。
そんなとき、この言葉を思い出してみてはどうでしょう。
なかなか快川のようになれるものではありませんが、
「いま自分は本当に最悪の状況なのだろうか。いや、まだ死んではいないぞ。この命があるじゃないか」
と気がつけば、どんな苦しみも乗り越えられるのではないでしょうか。
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