Chapter 124 of 126

達者

読了目安 約1分 ・ 最終更新 2026年7月
この話が寄り添う心: 喪失・無常
達者

達者

「あの人は芸達者だ」といえば、その道に熟練した達人だということですし、「いつまでも達者で」というときは、いつまでもすこやかで、元気でいてくださいという意味ですね。

この「達者」も仏教から出た言葉で、もともとは、真理に到達した覚者という意味です。

真理に到達した、つまり仏のさとりをひらいたということは、一切の苦しみ悩みから離れたということ。

苦しみがないことから転じて、すこやかな人を達者と言うようになったのかもしれません。

(出典:『仏教が生んだ日本語』大谷大学 編)

いずれにせよ、そんな、もともとの意味での達者(真理に到達した覚者)は歴史上、お釈迦さましかいません。

そのお釈迦さまに、あるとき、お弟子がたずねました。

「お釈迦さまは、一切の智者であられますから、なにごとも苦しみに思われることはないのでございましょう」

するとお釈迦さまは、

「たしかにこの釈迦には、そなたたちのような苦しみはない。だが、いまこの瞬間にも人々が雨の降るように死んで地獄に堕ちているのが、さとりの眼に映っている。それがこの釈迦の唯一の苦しみだ」

と答えています。

「死ねば楽になる」と世間では考えられていますが、お経には、「従苦入苦(じゅうくにゅうく) 従冥入冥(じゅうみょうにゅうみょう)」と教えられています。

現在の延長が未来だから、いま苦しい者は、死んだあとも苦しい世界に入るのだ、いまが闇なら、その先も闇であるということです。

そんな、この世から来世にわたって苦しむ私たちを、なんとかして救いたいと説かれたのが、釈迦の教え、仏教なのです。

お釈迦さまのように真理を悟ることはできなくても、苦しみから抜け出し、真の幸せへ到達する道をお釈迦さまは教えてくださっています。

仏教をよく聞いて、まことにすこやかな達者になりたいものですね。

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